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奥中山高原 IGRいわて銀河鉄道線

(2008年9月30日作成,2008年9月30日最終更新)

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IGRいわて銀河鉄道線 奥中山高原 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 様々な花や樹木に囲まれた,コテージのような奥中山高原の駅舎.向かって左側が待合室になるが,その入口には風雨を除ける前室のようなものが付いている.駅舎全体の屋根と,その前室とに繋がる屋根の取り付きが独特な傾斜構造をしており,興味深い.東北本線の駅としては積雪量が多いためか,全体的に屋根の傾斜がきつくなっている.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山高原 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 前述の前室部分.駅の正面からではなく,右横から入っていく構造になっている.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山高原 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 硬券が復活した出札窓口.「歴史は繰り返す」と言うが,本当である.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山高原 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 ホームは2面3線あるが,旅客列車のうち下りはすべて3番線を,上りはすべて1番線を使っており,定期の列車では貨物列車も含めて2番線は使われていない.
 奥中山高原駅の2番線だが,独特の構造をしている.駅の両端が激しい傾斜になっており,2番線に入った退避列車等が青森方面へ出発する際,そのままでは発車直後の小繋方勾配があまりにも急なため,御堂方に助走線が設けられている.つまり,2番線に入った列車(主に貨物列車だったらしい)は一旦助走線までバックして,勢いを付けて小繋方面へ向け発車していったらしい.
 2008年現在でもその助走線構造が残っているというので,訪問して現地確認した結果を以下に紹介する.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山高原 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 1番線ホームから盛岡方を見る.左の上り列車は102M・快速盛岡行き.右の3番線を通過する貨物列車だが,編成の後部(御堂方)が下り坂になっているのが良く分かる.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山高原 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 奥中山高原駅構内の御堂方ポイント群.左が上り本線(1番線)の出発信号機で,右は中線の2番線の出発信号機.2番線の出発信号機下部には,横向きにされているが,入換信号機と思われるものが付いている.
 手前の線路は駅舎方向に伸びる留置線で,保線車輌等の留置や積込に使われている.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山高原 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 御堂方の踏切上から撮影.左から上り本線,その右が中線の助走線となっており,線路は水平に付けられているが,途中で車止めが設置されており,もともとの有効長よりも短い地点で切られている.その右(写真手前から伸びる線路)は下り本線から直接2番線に入る線路,一番右が下り本線である.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山高原 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 御堂方の踏切上よりホームを見た写真.左から下り本線,その右が下り本線から2番線に向かう線路,手前から直線で奥に向かって伸びる線路が2番線の助走線,そして上り本線に直接向かう線路があって,一番右に上り本線が見えている.さらに右上には駅舎方向に向かう留置線がある.また,2番線と1番線の間にもホームのない線路(留置用と思われる)があるが,御堂方は途中で切られて車止めが設置されている.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 再び踏切から御堂方を見る.左が上り本線だが,かなりの勾配で下っている.一方,草に覆われているが,右の土手状になっている部分が2番線から伸びる助走線.車止めから先もレールと架線は残っている.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 御堂方からホームを見る.遠方に出発信号機が2機立っているが,左の緑現示が下り本線用,右の赤現示が2番線の中線用.2008年現在,2番線を定期で使う列車はないが,信号機は上下両方向とも生きている.



IGRいわて銀河鉄道線 奥中山高原 2522M 2008年9月27日 NikonCoolpixS600

 奥中山高原朝一の上り列車.発車は7:05で,行先は北上.
 1994年12月改正で盛岡地区の12系普通客車が全廃となったことから,盛岡〜八戸間にそれまで1往復だけ運転されていた12系7連の列車がなくなり,奥中山を通る普通列車は50系客車の3両か4両編成のみとなった.さらに1996年3月改正で東北本線の50系客車が全廃され,701系に置き換わったが,少なくとも沼宮内〜三戸間の編成両数は2両編成だったのではないだろうか(知識がなく,確実なことが記述できません,識者の方,ご教示願えれば幸いです).それが3セクのIGRいわて銀河鉄道線になって写真のような6連が登場しており,かつての12系7両に迫る両数になった.



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