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アビエス・リサーチ制作雑記

2009年3月ダイヤ改正で臨時列車化した「MLながら」と「MLえちご」

(2009年6月1日作成、2009年6月1日最終更新)

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 昨日(2009年5月31日)の制作雑記で書いたように,作者はこの4月に新潟県から愛知県に引っ越してきた.この引越しとほぼ同時期の2009年3月14日ダイヤ改正で快速「ムーンライトながら」号と「ムーンライトえちご」号が定期列車から不定期の臨時列車になってしまった.

 いずれの「快速」も上下列車共に夜行で,全席指定という共通性を持っていた.新潟県に在住していた際には快速のため安く,夜行のため効率良く移動できる手段として頻繁に利用した.それが愛知県に引っ越してくるとほぼ同時に臨時列車となってしまい,(指定券さえ確保すれば)毎日,いつでも乗れるという気軽さが失われて,非常に寂しいし不便である.

 それにしてもこの20年ほどで夜行列車は激減した.作者は高校生の時に茨城県内の高校山岳部に所属していたこともあり,当時は定期列車だった新宿発上諏訪行きの中央線夜行や,臨時列車の客車急行「能登」(長野経由),やはり臨時列車だったが上越線の普通夜行などにも乗って出かけたことがある.高校生が登山で出かけられるのは大型連休や夏期休暇,3連休になる週末等に限られるため,これらの列車は大幅な混雑が予想された.そんなこともあり,新宿駅や上野駅で発車の数時間前から並んで,座席の確保に努めたりしたが,今となってはこういった苦労も「再現不可能」な思い出となってしまった.

 国鉄時代には多数の普通夜行列車が走っており,スキー客や登山客等のいわゆる「行楽客」が休日前には長蛇の列というか,待合室に入りきらないほど並んだ光景が展開していたという.当時は高速道路網も未発達で,遠くへの移動手段として鉄道が重宝されていたことは確かだが,果たして「行楽」に向かう客が,大都市の駅で,発車の何時間も前から行列を作ってまでして旅行する「国」というのは日本以外に存在したのだろうか.

 恐らく何時間も並ばないと列車に乗れない,という国は存在すると思う.しかし,そういった国の「乗車理由」は,出稼ぎであるとか故郷へ帰るなど,恐らく「行楽」ではないと思う.

 いわゆる先進国での「行楽」は移動時間をゆったりと取って行くもので,「夜行日帰り」でスキーに行く国民は日本くらいではないのかと作者は思っている.日本では土日だけ,あるいは日曜だけの僅かな休日使って,時間的に効率良く行楽地へ移動する手段として,夜行列車が使われていた実情が強くあると思う.

 前述のように,夜行列車に乗って行楽地に向かうために何時間も待った経験があるのは,「世代」も大きく関係しているが,作者が新潟県に在住して分かったのは,生まれ,育ちも新潟県という人はこのような経験はほぼ皆無であることが多い.スキーは地元にあるため,「夜行」で行く必要はないし,登山にしても「夜行列車」で行くような場所がそもそもないのだ.但し,例えば「ムーンライトえちご」号で東京ディズニーランドに夜行日帰りで出かけたりといった話も聞くので,夜行列車で「行楽に出る」ことがないわけではないが,何時間もターミナルで待って,「席取り」をするようなことはさすがにないのである.

 1986年から運転が開始されたスキー場アクセス列車「シュプール号」はそのいい例であろう.いずれも東京,名古屋,大阪といった都市圏からスキー場へ向けて下り列車は「夜行」で運転され,帰りの上り列車は午後に現地を発車して夜遅くに都市圏に到着するダイヤだった.鉄道趣味的な観点からすると,こういった列車を使ってスキー場へ行けた都市圏の人がうらやましい気もするが,作者が新潟県に住んでいた時の感覚からすれば,都市圏の混雑した週末のターミナルに重くて大きいスキーの荷物をかかえて,窮屈な座席の夜行列車に乗ってまでしてスキーに来なければならない人を見ると,やはり気の毒な面も感じられたが,こういったことも都市圏にいるからこそできる「いろいろな経験」なのかもしれない.(2009年6月1日記述)



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