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アビエス・リサーチ制作雑記

新潟駅発の特急「いなほ号」終列車

(2009年12月5日作成、2010年2月22日最終更新)

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2001年3月16日 新潟駅(万代改札口) (トリミング処理)

 昨日,2009年12月4日の「アビエスリサーチ制作雑記「急行「きたぐに」停車駅,来迎寺駅について」で,佐渡島から佐渡汽船で新潟駅まで来た際の乗り継ぎに関して書いたので,今日は同じく両津港18:40発(2001年当時)新潟港行きカーフェリーに乗船した後の白新線〜羽越本線方面へ向かう特急「いなほ」号との乗り継ぎに関する思い出を書いてみたい.

 2000年前後の作者の佐渡島赴任中,同じ職場には実家が村上市周辺,という人が少なからずいた.金曜日に仕事が終わって帰省する際に,佐渡島の両津港18:40発のカーフェリーに乗り,21:00に新潟港着,新潟駅には21:20過ぎに到達することができ,特に単身赴任者は全員,このカーフェリーに乗って帰省していた.

 右の写真は2001年3月当時の新潟駅万代口改札頭上にあった電光掲示板.「白新線・羽越本線下り」には21:47発のエル特急「いなほ15号」の発車案内が表示されている.当時,特急「いなほ」はまだ「エル特急」として区分されており,電光掲示板にはもはや「なつかしい」とも言える「エル特急」マークも表示されている.新潟駅の発車時刻は21:47だったため,前述のように佐渡汽船で新潟駅へ来ても充分に間に合うダイヤだった.

 この「いなほ15号」は村上市まで帰省する人にとっては大変便利な列車だった.この列車に乗ると,村上駅到着は22:32だった.当時,この「いなほ15号」はクロハを組み込まない485系4連の通称「モノクラス」編成が運用に入っており,趣味的にも興味深い列車だった.

 ところで2002年12月のダイヤ改正で,JR東日本では「エル特急」の呼称を廃止した(JR東海から乗り入れる特急「しなの」については引き続きエル特急を名乗った)ため,「いなほ」も「エル」の名称は外された.それ以外に前述の4連モノクラス編成による「いなほ」が廃止され,すべてクロハ481を組み込んだ485系6連に統一された.「2002年12月改正での『いなほ号』」というとこの程度の変化というのが全般的な認識だが,マイナーなところでは新潟駅発の最終「いなほ」号である「いなほ15号」が「いなほ13号」になり,発車時刻が24分(ダイヤ改正前のエル特急「いなほ15号」は21:46発だった)も繰り上がり,21:22発に変わってしまった.この「24分の繰り上げ」は佐渡汽船から乗り継ぎをする人にとっては実にキツい改正だった.

 前述のように,佐渡島の両津港18:40発のカーフェリーに乗ると新潟港には21:00ちょうどに着き,新潟駅には「21:20過ぎ」に着くことができる.特急「いなほ13号」の新潟駅21:22発というのは佐渡汽船からの乗り継ぎだと「微妙に間に合わない」発車時刻になってしまったのだ.但し,カーフェリーの新潟港到着15分前程度からタラップ出口に並び,到着して桟橋がかかったところでまっさきに下船し,タクシー乗り場までダッシュすれば恐らく間に合うが,ある意味「そこまでしないと」間に合わないダイヤになってしまったのだ.

 間に合わなかった場合,次の村上行きは?というと,新潟駅22:13発の普通列車まで待たねばならず,この場合の村上駅到着は23:22.「いなほ13号」に比して1時間以上も後になってしまう.

 乗り継ぎの新幹線についても東京での滞在時間が短くなっている.2002年12月改正以前は東京19:28発「Maxあさひ335号」に乗れば新潟駅10分の接続でエル特急「いなほ15号」に間に合ったが,2002年12月改正後は東京19:00発「Maxとき333号」(この改正では「あさひ」の名称が廃止されて,「とき」に統一された)」に乗らないと最終下りの特急「いなほ13号」には間に合わなくなってしまった.

 2009年12月現在も,新潟駅発の最終「いなほ」号は21:20発の「いなほ13号」となっており,不便なダイヤが続いている.(2009年12月5日記述,2010年2月22日一部加筆修正)



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