(2011年10月29日作成,2013年10月6日最終更新)
JR線 飯田線(豊橋〜天竜峡)へ戻る
かつて改札があった地上部からホームへ登る階段の側面に「毎度ありがとうございます」「フルムーン夫婦グリーンパス」「ナイスミディパス 青春18きっぷ」とペンキ書きされていたが,白色で上塗りし,消してあった.いずれも1991年頃までの有人駅時代には発売していた切符だったのだろう.ただ,「毎度ありがとうございます」は消す必要はない気がする.(2011年10月26日記述)
6:53発の豊橋ゆき上り列車(512M)は119系の3両で,始発駅は水窪.新城方面へ通学する高校生らの姿が見える.(2011年10月26日記述)
前掲と同じ512Mには三河大野駅から多くの中学生の乗車も見られる(写真右奥).新城市立鳳来中学校へ通う中学生で,次駅の本長篠で下車する.鳳来中学校への通学で飯田線を利用する生徒は,三河川合〜三河大野間のようである.(2011年10月26日記述)
前掲とは別の日の三河大野駅平日朝の情景.撮影立ち位置はホーム上で,駅前の国道151号線が見下ろせる.6:50頃,新城市立鳳来中学校へ通う通学生らが続々と駅へやって来る.(2011年11月16日記述)
三河大野駅6:58発の豊橋ゆき512Mが到着,119系3連で,車掌も乗務するが,乗務員窓からホームの安全監視はない.これはドア扱いを運転士が行い,車掌はホームでの集札に回るため,このタイミングでは車掌は客室内にいるためである.(2011年11月16日記述)
鳳来中学校へ通う生徒らのほとんどは一番前(豊橋方)の車両に乗車する.これは降車駅の本長篠駅改札まで一番前の車両がもっとも近いからである.少し分かりづらいが,ホームでの集札に備え,車内の一番前寄り扉付近に立つ車掌が写っている.(2011年11月16日記述)
三河大野7:03発の下り501Mへの乗車は当日はゼロ,下車は3人だった.119系2両編成で始発駅は豊橋.これが当駅の朝一番の下り列車である.(2011年10月26日記述)
ホームの辰野方はやや延長され,4両+αの長さに対応してある.手前のテコは構内側線用.(2011年10月26日記述)
三河大野7:52発の上り516M(豊橋ゆき)だが,この列車への鳳来中学生乗車は見られなかった.この516Mの本長篠駅到着は7:56だが,これでは始業?(あるいは朝の会的なもの?)に間に合わないらしい.高校生らの乗車はあった.(2011年10月26日記述)
前掲と同じ7:52発の516Mだが,この列車から数十人の小学生が下車.これは駅近くの新城市立東陽小学校へ通う児童である.最遠は三河槙原駅からの通学である.これらの児童が小学校を卒業し,中学生になると(転校や私立に通う以外は)本長篠駅が最寄の鳳来中学校へ進学となり,利用区間をさらに本長篠へと延ばし,このまま飯田線通学を継続することになるのだろう.(2011年10月26日記述,2013年10月6日加筆修正)
新城市立東陽小学校への通学児童らの下車シーン.集札(定期券類チェック)の車掌もホームへ降りてきている.(2011年11月16日記述)
ホームは高い位置にあるため,駅前まで階段を降りてゆく.ホーム上屋は木造のままであった.(2011年11月16日記述)
降車した小学生は駅前で一列になり,通学してゆくシーンが見られた.(2011年11月16日記述)
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