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津川 磐越西線

(2008年10月21日作成,2009年11月14日最終更新)

JR線 磐越西線(会津若松〜新津)へ戻る


磐越西線 津川 224D(左)・221D(右) 2004年11月4日 NikonNewFM2 AiNikkor35mmF1.4S RAIII・フジクロームRAIII

 2004年10月23日に発生した中越大震災により,撮影した11月4日現在,上越新幹線も上越線も不通になっていた.磐越西線は被害もなかったことから,新潟と関東圏を結ぶ迂回路として臨時列車の設定や増結が行われていた.

 写真は通常,新津所のキハ40系2連で運転される224Dだが,前寄りの会津若松方が仙コリ(郡山所)のキハ40系2両,そして後の新津方が新津所のキハ47+52が繋がれており,極めて珍しい編成となった.磐越西線馬下以東にキハ52が入ることも極めて稀と思われる.

 右に写っているキハ110は会津若松5:31〜9:09新潟の普通列車で,通常も5両編成で運転されており,当日も所定の5両だった.



磐越西線 津川 233D 2004年11月7日 NikonFM10 フジ・SP100(ネガカラー)

 増結,臨時列車の増発による車両不足を補うため,秋田所,盛岡所からキハ40系を急遽借り入れていた.

 写真は津川駅1番線で発車を待つ新津行き(17:56発)だが,先頭から秋田支社の男鹿色のキハ40が2両,その後は仙台支社色(只見線用)のキハ48+40の4両編成となっていた.男鹿線用のキハ40系には「なまはげ」のイラストが描かれており,新潟〜郡山間で「なまはげ」列車が運用されていたことになる.(2008年10月21日記述,2010年4月12日一部加筆修正)



磐越西線 津川 2245D 2004年11月7日 NikonCoolpix2500

 中越大震災による臨時快速の新津行き(津川〜新津間は定期列車の2245D).野沢〜津川間の列車番号は不明だが,野沢始発(20:40発)で6両編成で運転されていた.増結用にJR東日本管内の各地からキハ40系がかき集められていたため,写真の盛岡車(盛ハヘ)も津川駅に姿を現した.写真は最後尾(会津若松方)に連結されたキハ40-566.他に前述のように男鹿線色のキハ40も動員されていた.



磐越西線 津川 2245D 2004年11月7日 NikonCoolpix2500

 前述の臨時快速新津行きの前側5両.5両目も盛岡車のキハ40-563.編成だが,その前がキハ40-583・キハ47-511・キハ40-587・キハ47-517と続く.

 作者はこの列車に野沢(定刻では20:40発,実際は5分ほど延発)から津川まで乗車したが,野沢で会津若松方面からこの臨時快速に乗り換える客は皆無で,野沢からは作者と写真に写っている乗客(2人連れだった)が乗車,写真の客は津川以遠も乗車していった.6両も繋いでいるのに,少なくとも野沢〜津川間の客は3人しかいなかったことになる.



磐越西線 津川 2240D 2004年11月9日 NikonF3 AiNikkor35mmF1.4S KR・コダクローム64

 津川19:34終着の2240D.主に学校帰りの高校生らが下車していく.この列車は新潟18:09始発〜19:34津川終着の普通列車で,通常は津川で1時間半ほど停車して折り返し新津行き238D(20:31発)となっていたが,当日はこの後にドアを閉め,回送として野沢の3番線まで行き,折り返し野沢20:40発新津行きの臨時快速(前述のように,津川〜新津間は2245D・津川21:11発〜新津22:09着)となる運用に入る(前掲の盛岡車の入った列車の運用と同じ).

 当日の編成だが,国鉄型ディーゼルカー6両の長大編成で,後ろ(新津方)から,キハ40-585・キハ40-526・キハ47-1512・キハ47-521・キハ58-1522・キハ28-2371.



磐越西線 津川 2240D 2004年11月9日 NikonCoolpix2500

 2240Dだが,会津若松方の2両は国鉄急行色に戻したキハ58系が連結されていた.先頭はキハ28-2371,2両目はキハ58-1022の新津所リバイバル国鉄急行色コンビである.



磐越西線 津川 2240D 2004年11月9日 NikonF3 AiNikkor35mmF1.4S KR・コダクローム64

 2両目から後の状況.右からキハ58-1022(国鉄急行色セミクロスシート車)・キハ47-521(新・新潟色セミクロスシート車)-キハ47-1512(新・新潟色セミクロスシート車)-キハ40-526(旧・新潟色セミクロスシート車)-キハ40-585(新・新潟色オールロングシート車).



磐越西線 津川 233D 2004年11月9日 NikonCoolpix2500

 先頭のキハ28-2371.これから回送となって野沢へ向かう訳だが,種別幕は「普通」のままだった.



磐越西線 津川 2240D 2004年11月9日 NikonF3 AiNikkor35mmF1.4S KR・コダクローム64

 サボは2240Dのものがそのまま取り付けられて野沢へと回送されて行った.



磐越西線 津川 2240D(左)・235D(右) 2004年11月9日 NikonCoolpix2500

 津川に到着した2240Dは回送としてすぐには野沢へ向けて発車しない.と言うのは,定期普通列車の235D・会津若松18:21始発〜津川19:51着・20:08発〜20:59新津終着のキハ110系3連と列車交換待ちをするためである.



磐越西線 津川 242D 2004年11月9日 NikonCoolpix2500

 19:44新潟始発〜津川21:07発の会津若松(22:33着)行き242Dはキハ110の5両編成で運転されていた長大気動車普通列車である.この編成は翌朝,会津若松5:31発新津行き221Dとして同じ5両編成で戻ってくる.

 写真のように,242Dは駅舎のある1番線側に入る.通常であれば,左の2番線には津川終着19:34の2240Dから折り返し21:11発2245Dが待機しているところであるが,当日は臨時快速として野沢まで往復する運用をこなしているため,2240D〜2245Dの姿はない.



磐越西線 津川 2245D 2004年11月9日 NikonF3 AiNikkor35mmF1.4S KR・コダクローム64

 21:13頃,臨時快速として野沢から津川まで走ってきた2245Dの6連.再び2番線に国鉄型ディーゼルの6連が登場.右の1番線からはちょうど発車したキハ110系5連の242Dの残照が写っている.

 津川からこの2245Dは本来ならば21:11の発車だが,なかなか発車しなかった.21:20頃になってやっと発車したが,当日,全6両の中に乗客は皆無だった.中越大震災で被災した上越新幹線,上越線の迂回路として磐越西線に白羽が立ち,JR東日本管内からディーゼルカーを寄せ集め,新津所の車両も総動員状態で増結,臨時列車の設定といった準備をしたものの,迂回乗車する乗客は少なくとも作者が確認した限りではほとんど,というか,列車によってはまったくいなかった.



磐越西線 津川 2235D 2005年12月16日 NikonNewFM2 AiNikkor35mmF1.4S KR・コダクローム64

 新津を13:48に発車した2232Dは終点の津川1番線に到着.ここれ折り返し新潟行き2235Dとなる.編成はキハ40系の5連.水曜日は馬下〜津川間は運休となる.



磐越西線 津川 2232D 2009年3月1日 NikonCoolpixS600

 3月1日にもかかわらずほとんど雪がない津川駅に停車するキハE120(一番手前はキハE120-3).(2009年11月14日記述)



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