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松尾八幡平 花輪線

(2007年12月20日作成,2008年2月9日最終更新)

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花輪線 松尾八幡平 2003年2月24日 Nikon Coolpix2500

 1988年にそれまでの「岩手松尾」から「松尾八幡平」に改称されたが,その10年後である1998年から現在(2007年)までに松尾八幡平駅は腕木式信号機の色灯式信号化,CTC化によるタブレット扱い(票券閉塞式)の廃止,それに伴う駅の完全無人化,そして駅舎取り壊し,新たな待合室の出現という歴史を辿る.写真は完全無人駅化して3年ほど経った駅舎正面の姿である.無人化以前は朝から晩まで駅が営業しており,冬には暖かいストーブを炊いて列車待ちする乗客を暖めてくれたのだが,撮影時には執務室窓は板で塞がれており,中はがらんどうの状態で,旅客待合室も施錠されておりすでに入れない状態だった.


花輪線 松尾八幡平 1922D 2005年6月20日 Nikon Coolpix2500

 木造駅舎を取り壊して新たに出現した待合室.外壁の色が末期の木造駅舎と似ている.


花輪線 松尾八幡平 1999年2月24日 NikonFM10 AiNikkor35mmf1.4S RDP2・フジクロームProvia100

 荒屋新町始発の1922Dが5両編成で勾配を下ってきた.この頃,花輪線ではこの1922Dが,山田線では621Dがそれぞれ5両編成であり,盛岡所のキハ58,52による編成では最長を誇っていたが,山田線の621Dは宮古〜川内間だけ5両で,宮古方3両は回送(恐らくこの3両は回621Dという列車番号になるのだと思う)締切り扱いだったことから,純然たる5両編成はこの1922Dが唯一であった.
 1922Dと交換する写真手前側の下り列車は1925D・大館行きだが,かつてこの列車同士は安比高原で交換していた.しかし,安比高原ではこの前年の1998年12月に交換設備を取りやめてしまい,朝のこれらの列車交換駅を松尾八幡平に変更,それにより上りの1922Dは荒屋新町の発車が10分以上繰り上がってしまい,6:20頃の発車が6:05頃の発車になった.そのため,1922Dは松尾八幡平で時間調整のために約15分も停まるようになった.


花輪線 松尾八幡平 2005年6月20日 NikonNewNM2 AiNikkor35mmf1.4 KR・コダクローム64

 1998年12月の安比高原交換設備撤去により,この1922Dと下り1925Dが松尾八幡平で交換するようになり,荒屋新町〜安比高原間から盛岡方面へ乗車する旅客らは従来よりも早い時間に列車に乗らねばならないことになった.そのしわ寄せで松尾八幡平に時間調整による10分超の停車中に撮った1枚だが,最後部のキハ52は完全にホームからはみ出して停車している.山田線の5両編成・631D(かつての621D)は5両編成中,3〜5両がキハ52になるのに対し,この1922Dは3〜4両はキハ58が繋がれるようで,「52の山田線,58の花輪線」とでも呼びたい印象を残してくれた.


花輪線 松尾八幡平 1922D 2004年1月29日 NikonFM10 AiNikkor35mmf1.4S フジカラー PRO400

 前述の写真と同じ撮影位置で真冬に撮ったもの.この時の編成は後の荒屋新町方からキハ58-58-52-58-58で,やはり5両中4両がキハ58だった.


花輪線 松尾八幡平 2003年2月24日 NikonFM10 RA・フジクロームSensia100

 2007年現在でも盛岡始発で松尾八幡平折返しの列車が1往復設定されている(2往復あった時期もある).折返し列車は2番線に入るが,2番線は両方向からの入線,発車が可能な構造をしている.この写真でも中央奥に盛岡方への出発信号機が見えている.タブレットによる閉塞設備の時には駅員がせわしなく駅構内を行き来していたが,完全無人駅となって,信号もポイントもすべて遠隔操作で動くようになった.しかし,無人駅となって冬には駅のどこにも暖房がないというのは正直つらい.


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