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押角〜岩手大川 岩泉線

(2007年12月9日作成,2010年4月26日最終更新)

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岩泉線 岩手大川〜押角 1999年11月28日 NikonFM10 RA・フジクロームSensia100

 岩手大川方から押角駅を見た写真で,線路奥の左側にホームが見える.この付近は線路勾配30‰の急勾配となっている.逆光で分かりずらいが,撮影地点の目前に押角踏切がある.しかし,この当時から柵が設けられて車両の横断ができないようなっていた.踏切を渡ると岡刈屋沢沿いに進む小道(写真右手方向)があり,1:25,000地形図を見るとこの岡刈屋沢沿いに建物のマークが2つあったことから当日に探索してみた.実際,崩れた木造建築を確認できたが,造林小屋のようなものか民家かは不明である.



岩泉線 押角 1998年9月23日 NikonF3 EPR・エクタクローム64

 押角駅に停まるキハ52の単行が見える.岩手大川から押角までの間にどんどん谷は狭くなり,勾配もきつくなる.駅の線路際右奥にほぼ垂直の山肌が見えるが,この付近にスイッチバック時代の引き上げ線(助走線)があったわけで,なんともすさまじい土地利用である.



岩泉線 押角〜岩手大川 1999年10月16日 NikonFM10 RA・フジクロームSensia100

 押角〜岩手大川間は峠越えとなっており,最高所は全長2987mの押角トンネルで貫いている.岩泉線は特にこの押角トンネル前後で勾配がきつく,押角方で30‰,岩手大川方で25‰の勾配が出現する.かつては押角トンネルを抜けた場所に昭和22年開業の宇津野という駅があったらしいが,昭和32年には駅が廃止となったことから現地探索でもこれぞという遺構が見つからなかった.写真は押角トンネル出口付近から岩手大川方を撮影したものだが,線路左手の潅木に覆われた場所が比較的平らで,恐らくこの場所に駅の設備があったものと推測される.写真中央奥の電柱がある辺りに国道340号が通っている.



岩泉線 岩手大川〜押角 2005年5月15日 NikonCoolpix2500

 前掲の写真とほぼ同位置から6年後の2005年に撮った1枚.左の空地状になっている部分に宇津野駅があったものと思われる.



岩泉線 岩手大川〜押角 2005年5月15日 NikonCoolpix2500

 前述の宇津野駅跡付近と思われる場所から,茂市方面の押角トンネルをみる角度で撮った写真である.トンネルを抜けると刈屋川流域(=閉伊川流域)ということになる.



岩泉線 岩手大川〜押角 688D 2007年11月3日 NikonD70 AiAFNikkor28mmF2.8D

 前掲写真と同じ押角トンネルの岩泉方入口にちょうど入る宮古行きのキハ52.当日のこの最終上り列車だが,夜露に濡れた落ち葉により,浅内からこの押角トンネルまでの勾配で列車が空転しまくり,ここまでで30分以上の遅れを生じていた.

 落葉期にはこのような空転が発生することから,普段は単行の岩泉線もこの日は2両編成に増強し,砂撒き装置にも砂をフル充填して峠越えに挑むのだが,湿度などの微妙なバランスにより空転の発生しやすい条件が揃うと,2両編成でもまったく太刀打ちできなかった.まず,二升石駅を発車する際に空転していた.しかし,浅内駅までこの688Dは定時で来ていた.

 作者は当日,茂市〜岩泉間を「いわてホリデーパス」の利用で往復乗車(いわゆる「乗り鉄」)していたのだが,そもそもこの列車は,茂市から岩泉までほんの1時間ほど前に走っており,その時は押角付近の上り勾配でいくらかは空転していたものの,ほとんど時刻どおり岩泉まで到達していた.それだけに,まさか折り返しの上り列車がこれほどまで空転するとは思っていなかった.

 浅内からこの押角トンネルまで,688D・キハ52の2両(キハ52-154・キハ52-143)の「もがき」は想像を絶していた.レールの上をまるで川の流れに逆らってふざけて泳いでいるような,あるいは,動いているエスカレーターで逆方向にふざけて歩く人のような感じで,ひたすら車輪は回っていて,すべり止めの砂も猛烈に撒いているのに,ちっとも進まないのだ.その間,摩擦による焦げ臭い匂いが車内に立ち込め,運転士は1両目の,車掌は2両目の運転席足元にある「砂撒きスイッチ」をひたすら踏みまくっているのだが,キハ52の2両は遅々として進まないのだ.

 この時ばかりは車両がバックをはじめるのではないか,と真剣に思った.しかし,ほとんど進むことはないのに,不思議とバックはせず,秒速数センチという速度で坂を登っているのだった.窓を開けると,車輪付近に撒いた砂が捲き上がっており,キハ52が煙幕を張ったような状態になっていた.

 さらに印象的だったのは,乗車している地元民とおぼしき方々が,何の焦りも,あるいは珍しい光景に遭遇しているという素振りはまったくみせず,黙々と座っているのだった.作者などは「これがウワサに聞いていた岩泉線の空転か・・・!」と感動しまくっており,岩手県の底知れぬ魅力を再認識せずには居られなかったのに・・・.(2009年2月14日記述,2010年4月26日一部修正)



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