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植田駅 豊橋鉄道渥美線

(2013年9月3日作成,2023年12月31日最終更新)

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豊橋鉄道渥美線 植田駅 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 列車交換可能駅で,ホームは相対式.写真奥が新豊橋方になる.(2013年8月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 ホームの新豊橋方は長編成化に伴って延伸した部分で,上下ホームともに幅は狭くなっている.(2013年8月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 上下ホームともにドア,窓のついた待合室が建つ.写真は下りホームのもの.上下ホーム間は写真右の構内踏切で往来する.(2013年8月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 やや分かりにくい場所にあるが,男女兼用のトイレも設置されている.(2013年8月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 植田駅から沿岸部にあった豊橋海軍航空隊の基地まで,太平洋戦争の戦時中に約3kmに亘る引込線工事が開始されたが,途中で中止され,農道等に転用されたと言う.写真は植田駅を背にして三河田原方を見た構図だが,線路脇の歩道がかつての引込線となるべき線形跡に見えなくもない(※引込線の線形跡という確証はありません).(2013年8月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅〜向ヶ丘駅 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 植田駅の上り場内信号機付近から植田駅方面を見た写真.前掲写真の逆向きだが,やはり線路脇の歩道(道路)から砂利道部分にかけて,引込線の線形跡に見えなくもない(※引込線の線形跡という確証はありません).(2013年8月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅〜向ヶ丘駅 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 写真は植田駅から200mほど向ヶ丘駅側へ行き,三原田原方を見た写真.右のカマボコ形屋根は南陵中学校体育館.開設当初の植田駅はこの辺りにあったが,太平洋戦争末期に軍部の要請でやや豊橋寄りに現在地に移転したという*).そのため,写真のような開設時の駅があったと思われる箇所に空地が残っているものと思われる.勝手な想像だが,かつての植田駅用地を海軍航空隊への引込線ヤードとするために用地を捻出した可能性を考えている.また,引込線の線形は現在の南陵中学校敷地内をぶった切っていた.(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線跡についての情報をいただきました)(2013年8月31日記述,2014年4月10日加筆修正)
*)「渥美線−まぼろしの『豊橋伊良湖岬間鉄道』をめぐって−(非売品)」,1993年,渥美半島郷土研究会.



豊橋鉄道渥美線 植田駅〜向ヶ丘駅 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 かつての植田駅跡と思われる用地.線路脇に不自然に草むらが広がる(※初代の植田駅跡という確証はありません).(2013年8月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅〜向ヶ丘駅 2014年4月15日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 前々掲写真では海軍航空隊基地までの引込線跡の線形部分に南陵中学校の体育館が建っていたが,2013年に建て替えのため取り壊された.写真は体育館取り壊し後の旧植田駅構内と思われる空き地を撮影したもので,写真奥が三河田原方(現在の植田駅は撮影立ち位置の背中側)になる.(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線跡についての情報をいただきました)(2014年6月1日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅〜向ヶ丘駅 2014年4月15日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 旧植田駅構内と思われる空き地から海軍航空隊への引込線線形(ピンク色矢印,おおよその線形).矢印手前の水路岸にある橋台のようなコンクリート構造物は比較的新しく,戦中のものではないと思われる.(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線跡についての情報をいただきました)(2014年6月1日記述,2023年12月31日加筆修正)



豊橋鉄道渥美線 植田駅〜向ヶ丘駅 2014年4月15日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 旧植田駅跡と思われる空き地に立って,引込線跡を撮影.写真の下向き矢印の位置は,次掲写真の奥に写っている「とまれ」標識の位置に相当する.(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線跡についての情報をいただきました)(2014年6月1日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 引込線跡の線形(道路)を探索した写真.立ち位置は植田大池北の交差点上で,写真奥が植田駅方向になる.道路は奥の「とまれ」の箇所でほぼ直交する道路と丁字路になって終わり,南陵中学校の敷地になるが,かつての引込線は現在の中学校敷地内を通っていた(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線跡についての情報をいただきました).(2013年8月31日記述,2014年4月10日加筆修正)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 前掲立ち位置からやや海側へ移動して撮影した引込線跡.(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線跡についての情報をいただきました)(2013年8月31日記述,2014年4月10日加筆修正)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 道路は前掲立ち位置から先は掘り割り状になっており,鉄道施設っぽさをなんとなく感じさせる(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線跡についての情報をいただきました).(2013年8月31日記述,2014年4月10日加筆修正)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 前掲写真と同じ掘り割り箇所で,植田駅方を見て撮影(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線跡についての情報をいただきました).(2013年8月31日記述,2014年4月10日加筆修正)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2014年1月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 植田駅から約1.2kmほどの地点で,写真奥が旧海軍航空隊基地跡になる.この一直線の道路も引込線跡の線形(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線跡についての情報をいただきました).(2014年4月10日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2014年1月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 前掲写真立ち位置付近から植田駅方を見た構図.奥に写っている交差点は国道259号バイパスとの「植田町境松交差点」.引込線の建設時や戦後に道路が整備されるまで,地元では「電車道」と呼ばれていたという(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線についての情報をいただきました) .(2014年4月10日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2014年1月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 植田駅から約2.4km地点の引込線の線形跡.高台部分を切通しにして建設した跡が見て取れる(コンクリートブロック擁壁は道路が整備された時に施工されたらしい).戦後,引込線跡は大崎町から植田町にかけて直線状にブチ抜いていたことから,植田駅近くの南陵中学校への通学路としても利用されていたというが,ひどいぬかるみの道になることもしょっちゅうだったという(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線についての情報をいただきました).(2014年4月10日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2014年1月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 植田駅から約3.0km地点の引込線跡.写真奥の工場が立ち並ぶ箇所は海軍航空隊基地に近い埋立地(大崎島)で,引込線跡は写真の高台部分(ちょうど車道上に車が写っている箇所)付近まで建設されたという(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線についての情報をいただきました).(2014年4月10日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2014年1月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 タンクローリーの走る道路(橋)はかつての外海部分で,引込線は写真右側の高台部分まで建設されたという.写真の公園には海軍航空隊基地のための燃料タンクがあったらしい(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線についての情報をいただきました).(2014年4月10日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2014年1月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 前述の燃料タンクがあった箇所.現在も私有地ではなく,公園と言う公有地だということや,明らかに切土した地形など,燃料タンクがあったということを臭わせる地形,土地利用とも言える(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線についての情報をいただきました).(2014年4月10日記述)



豊橋市大崎町内 2013年7月5日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 引込線跡ではないが,海軍航空隊基地跡へ渡る県道2号豊橋渥美線より基地跡を見た構図.ここまで植田駅から直線距離で約3.0km.(2013年8月31日記述,2014年4月10日加筆修正)



豊橋市海軍橋 2013年7月31日 Nikon Coolpix P7700

 海軍航空隊基地は三河湾にあった大崎島という干潟状の島を中心に埋め立てて建設された.現在,基地跡を含めさらに拡張して埋め立てがなされ,工業団地となっている.写真はその埋立地へ入る交差点で,かつて本土と基地(大崎島)とを結ぶ「海軍橋」という橋があったため,交差点名も「海軍橋」という名称になっている.(2013年8月31日記述)



豊橋市海軍橋 2013年7月31日 Nikon Coolpix P7700

 文字の一部が剥がれているが,信号機上に交差点名「海軍橋」の標識が載る.(2013年8月31日記述)



豊橋市大崎島(現明海町)豊橋海軍航空基地平面図 1943年4月竣工
(画像が大きな画像へのリンクになっています)
豊橋海軍航空基地平面図

 豊橋海軍航空基地平面図(近藤正典著「大崎島」(1977年,大崎島変遷史編纂委員会)掲載の「豊橋海軍航空基地概要図」(p.86)を引用).まず,この図の左上にある方位記号の方角は間違っており,真北は図の右45度方向になる.本土(東側)と繋がる唯一の道路橋に「海軍橋」の名称がある.海軍橋を渡り大崎島へ入ると「衛兵所」,道路左側に車輌庫,防空壕,号令台,倉庫,炭焼場,プール,道路右側に庁舎,第一士官舎,第二士官舎,病室・診療室,兵舎(計3棟),酒保調理場があり,さらに北側の敷地にポンプ,事務所,車庫,第一整備工場,第二整備工場,第一格納庫,第二格納庫,防空壕(3豪)が配置されている.なお,当画像はサイズも小さく,情報が潰れて見づらいため,当画像をクリックすることにより大サイズの平面図へリンクするようにした.(2013年8月31日記述)



豊橋市大崎島(現明海町)豊橋海軍航空基地平面図 1943年4月竣工

 前掲の平面図は方位が間違っていることから,反時計回りに約45度回転させたものを掲載した.当図面が掲載されている書籍「大崎島」には,当基地について「1,500mの主滑走路3本を中心に,島全体が八角型に築造され,それに1,000mの戦闘機用の滑走路を配置した,日本海軍屈指の大飛行場」と記述されている.図のように,基地はほれぼれするような美しい八角形をしており,現役時に上空から眺めてみたかったものである.(2013年8月31日記述)



豊橋市明海町付近

 2008年現在の大崎島の地図(昭文社「県別マップル23 愛知県道路地図」(2008年発行)より引用).かつての豊橋海軍航空基地の敷地はトピー工業や花王,吉野石膏(「ぼくはタイガー」のCMでおなじみの住宅建材メーカー),デンソーなどの工場が立ち並んでいる.大崎小学校西側の交差点名は「海軍橋」となっている.(2013年9月12日記述)



豊橋市明海町付近

 前掲の道路地図に豊橋海軍航空隊基地の平面図を重ねてみた.海軍橋交差点からトピー工業前(正門)までの道路は海軍航空隊基地時代の道路と同じ線形らしいことが分かる.また,トピー工業敷地の北東側海岸線も海軍航空隊基地時代とほぼ一致している.しかし,八角形の海岸線はその周辺部がすっかり埋め立てられている.(2013年9月12日記述)



豊橋市明海町(大崎島) 2013年7月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 海軍橋交差点付近から大崎島方向を見た写真.(2013年8月31日記述)



豊橋市明海町(大崎島) 2013年7月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 トピー工業への正門(写真の道路奥).海軍航空隊基地の衛兵所もこの位置にあった.(2013年8月31日記述)



豊橋市明海町(大崎島) 2013年7月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 海岸線付近から撮影したトピー工業の正門.コンクリート製の縁石は海軍航空隊基地時代から設置されていたらしい.(2013年8月31日記述)



豊橋市明海町(大崎島) 2013年7月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 明海公園.かつての海軍航空隊基地の飛行場の一部である.緑地帯の樹木も相当に大きくなっている.(2013年8月31日記述,9月8日加筆修正)



豊橋市明海町(大崎島) 2013年9月9日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 豊橋海軍航空隊基地の南端部分海岸線跡と思われる位置を撮影した写真.撮影方向はほぼ真西で,右手の建物はデンソーの工場.道路からデンソーの敷地内までスロープ状になっている部分がかつての海軍航空隊基地時代の海岸線部分と想像しているのだが,確証はない.(2013年9月12日記述)



豊橋市明海町(大崎島) 2013年9月9日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S

 道路からデンソーの工場敷地にかけ,1mほどだが地盤高さが異なる.護岸か何かの遺構はないか探したが,何も見つかっておらず,ここが海岸線だったという確証は現地踏査では見つかっていない.(2013年9月12日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅周辺 2014年1月31日 Nikon D200 Ai Nikkor 24mm F2S (3枚の写真を繋げたもの)

 写真奥が北になる.写真左側の緑地帯は埋立地(海軍航空隊基地(大崎島)をさらに拡大した埋立地)で,水路は海である.戦中,大崎島を建設する際に写真の高圧電線とほぼ同じ位置に大崎島へのトロッコ軌道を架設し,写真右手の台地状になっている山から埋立用の土砂を運んでいたという(2014年1月29日に大崎町在住の方に引込線や大崎島についての情報をいただきました).(2014年4月10日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅 2018年8月21日 Nikon D200 Ai AF-S Zoom Nikkor 18-70mm F3.5-4.5G(ED)

 暑い夏の昼下がりの,地方鉄道の相対式ホーム.誰もいなくて,実にのんびりしている.(2023年12月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅 2018年8月21日 Nikon D200 Ai AF-S Zoom Nikkor 18-70mm F3.5-4.5G(ED)

 渥美線1800系は塗色(花名)で編成がすぐ分かる.写真の「ばら」編成は1801号.(2023年12月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅 2018年8月21日 Nikon D200 Ai AF-S Zoom Nikkor 18-70mm F3.5-4.5G(ED)

 植田駅の三河田原方にある植田2号踏切上より植田駅構内を撮影.場内信号機は2灯式.(2023年12月31日記述)



豊橋鉄道渥美線 植田駅 2018年8月21日 Nikon D200 Ai AF-S Zoom Nikkor 18-70mm F3.5-4.5G(ED)

 海軍航空隊引き込み線分岐付近.夏草がかなり茂っているが,下刈りの手入れはきちんとなされていることが分かる.(2023年12月31日記述)



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