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アビエス・リサーチ制作雑記

盛岡市の新聞事情

(2012年9月13日作成)

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岩手県五葉山麓 1993年10月11日 (撮影:HSH氏)
MINOLTA α7000 AF 50mm F1.4(トリミング処理)

 作者が佐渡島に3年間在住した際の新聞事情については本欄で既に書きました.ここでは1990年代の盛岡市における新聞事情,特に当時購読していた毎日新聞の事情について書きたいと思います.

 盛岡では全国紙朝刊の配達される時間帯が遅めで,朝6時頃でした.作者は別に朝型なわけでもないので,何も問題はないのですが,配達時刻が遅い割には,記事の締め切り時刻が早く,前夜のプロ野球ナイトゲームの試合結果は,21時半ころに試合が終わっていないものは結果(勝敗等)が分からない(試合の途中までしか記事になっていない)という状態でした.特に毎日新聞は締め切り時刻が早いようで,不満でした.

 1990年頃から新聞紙面(特に第1面)のカラー化が盛んになりました.少なくとも盛岡在住前に住んでいた茨城県つくば市では全日,一面はカラーでした.カラー化により,季節の花であるとか,色彩豊かな名産品の生産現場が載るなど,カラーを意識した紙面作りがなされていました.

 しかし,盛岡市に届く毎日新聞朝刊は,作者の記憶が間違っていなければ,カラーは月に2回(2日)だけでした.盛岡市に配達される新聞の印刷所が当時はカラー対応ではなく,仙台の印刷所から配送される時だけ,カラー化されるというのが理由だということが,後に全日カラー化された時に紙面に書かれていたと記憶します.

 つまり,紙面のカラー化は遅れ,ニュースの締め切り時刻も早い(=情報が遅い)というのが盛岡の,少なくとも毎日新聞の特徴でした.それでも毎日新聞を購読していたのは,単に読み慣れていたという面があります.

 当ページの画像は1993年10月の毎日新聞東京版(盛岡市で配達されたもの)です.第1面は「毎日新聞」の青色のロゴ等を除き,天気予報欄も含め,モノクロになっているのが分かります.

 後に,作者は競馬やプロ野球の詳細な情報が知りたいことから,毎日新聞の他にスポーツニッポン紙も併読することにしました.さすがにスポーツ新聞ということもあり,前夜のスポーツイベント結果を極力載せることが宿命と言えます.それだけに締め切り時刻も遅いようで,前夜22時半頃までに決着が着いた試合はその結果が載っていました.

 当時は携帯電話がほとんど普及しておらず,webで情報を得るということが皆無でしたから,盛岡でスポーツ関係の詳細な情報を得るには,スポーツ新聞が非常に重宝されました.自分自身にとっても,この頃がスポーツ新聞の「華」だった気がします.実際,スポーツ新聞の発行部数は1990年代にピークを迎え,その後は下降する一方のようです.

 盛岡に限らず,地方都市では(ここでいう「地方都市」の定義はあいまいですが)全国紙の夕刊販売,配達はありません.逆に地方紙は夕刊を発行しており,岩手県内で最も発行部数が多い「岩手日報」には夕刊がありました(但し「岩手日報」の夕刊も2010年6月で廃止).

 地方では全国紙より地方紙を購読する世帯の方が多い気がします.岩手では「岩手日報」のことをたいてい「ニッポウ」と略されて呼ばれていました.「今朝のニッポウに・・・」といった会話が頻繁になされます.これは新潟県に移住しても同じで,新潟には「新潟日報」という地方紙があるため,岩手と同様,新潟日報のことは「ニッポウ」と呼ばれています.

 元毎日新聞記者の人に,「盛岡に来て,軽自動車が多いと思った」と言ったところ,「軽自動車が多い都市ほど全国紙が売れない」と言われたのを覚えています.感覚的なことですが,つくば市や東京都心では確かに軽自動車をあまり見かけません.

 愛媛県松山市に住んでいた作者の親戚も,大阪市赴任中に松山へ里帰りした際に,「松山は軽自動車が多いね」と言っていたそうです.地方では地方紙が強く,地方紙の情報をお互いに共有しあうといった傾向が強い気がしますが,最近では(作者を含め)新聞を購読しない世帯が多くなりましたので,この傾向も薄れていると言えるかもしれません.

 蛇足ですが,掲載写真は世界初の本格AF(オートフォーカス)一眼レフとして1985年に世に出たMINOLTA α7000に,ミノルタ純正の標準レンズ(50mm)を付けて撮影された写真(ネガカラー写真)の,プリントされたもののほんの一部をトリミングしたもの(面積率でいうとプリント写真の約12%分をトリミング)ですが,新聞に書かれている見出し等の大部分が読み取れます.たまたま新聞紙面にピントが来ていただけ,と言えばそれまでですが,レンズは極めて精巧に作られていたであろうことが分かります.(2012年9月13日記述)



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